いよいよ10月、新水族館の着工の月が来た

9月も今日が最後だ。今年は真夏の暑さが9月にずれ込んだようにひどい暑さが続いた。暑い暑いと悪態を言いながら過ぎてしまえば早く感じる。そして月末の今日で今月の入館者が何名だったかが決まる。

いい加減館長と自称している私と言えども、経営を預かるという事はいつも売り上げやら、利益やらが気にかかるしがない立場にある。

9月も終わりだなー、いよいよ新水族館の建設が着工されるとぼんやり考えていたら、全く別の場面を思い出したのだから私は根っからの経営者にはなれないのかも知れない。

もう何年過ぎただろう、ある日突然思いついて3日間の休みを取った。あれが9月の28~30日だったのである。何か人様に語るような高尚な思い付きではなかった。

とにかく休みを取ってイワナ釣り三昧をしようと考えその気持ちを抑えきれなかったのである。そのきっかけになったのが「クマ」だった。神奈川県にある油壷水族館の飼育係をしている中井という男をイワナ釣りに案内して山の奥でクマに出会ったのである。

新潟県境に近い所にいい沢が有る。狙いが当たって7~8寸の食い頃サイズがジャンジャン釣れた。奥に行くほどにますます良くなる。川虫を捕る私をしり目に先に行っていた中井さんがなんだか言いながら大急ぎで戻ってきた。「くっくっく・・・」とどもっていた。

「何だでー・・・大きいのに逃げられたかー」というと、「熊が出たクマが出たびっくりして逃げてきた。」「釣っていたら後ろの藪がガサガサ云ったので見たらクマが飛び出してきた。」「もう怖くて釣りは出来ない」と言う。

逃げたクマは何でもないもんだ、大丈夫だからまた釣りをしてくれと言ったが、とても聞き入れてくれる状態ではなかった。

実は20年以上も付き合った相棒を亡くしてイワナ釣りを7年間も止めていたのである。今日も一応竿は背負っていたが釣りはせずに餌の川虫捕りをしていた。「釣り放題の宝の山」に入って途中で止めるて帰るわけには行かなかった。

中井さんが釣りしないなら仕方がない俺がやるか、「んだば俺がやって見っかー。」腕は落ちていなかった。自在に竿を操り枝を広げた沈木の間から大イワナを誘い出して釣った。

奥の滝まで約100mを釣り上がっていいのを20ぐらいも釣った。あっという間で釣りは終わった。ドウドウト落ちる滝を見上げてみれば体にさわやかな血が流れている。俺は釣りを止めれない・・・やりたいんだと悟った。

一度抑えたイワナ釣りへの気持ちも、歯止めが取れてしまえばもう止めようがなかった。むらむらと腹の底からこみ上げるイワナ釣りをしたい・・・という気持ちが噴出して、どこかで3連休を取って釣り三昧の日を過ごそうと思った。

そして鳥海山の懐にある良い景色の渓谷を思い出した。訪れる人とていない隠れ沢ではなくて「2の滝」という結構知られた景勝地である。何であそこが・・・と思われるかもしれないが、あそこの近くにニジマスやヤマメを養殖している施設があって、展示の魚が不足するとよく貰いに行っていた。

その時に1時間ほど渓谷に降りてイワナ釣りをしていたのである。見事な大岩が重なり合って急こう配で釣りあがるのは骨が折れたが、20匹前後のイワナがいつも釣れていたのを思い出したのである。

初日に行くのは2の滝と決め行ってみた。滝の上に神社が有ってその下に踏み跡が有って川に降りられる。しかしイワナって奴は滝の上は嫌うようでしばらくは釣れない。

沢に降りたら7年ぶりに釣りに来た興奮が襲ってきた。仕掛けを取り付ける手が小刻みに震えている。石を起こして川虫を捕る手にやたらと力が入る。小雨が降っていたが夢中になってイワナを釣った。

やがて雨が強くなって頭の上で「ガラガラドンドン」と雷の大音響がしたが気にならなかった。2時間かかって1の滝まで釣りあがってきた。習慣のように数は覚えているが60以上は釣ったろう・・・背中の発泡スチロールの箱にも8寸以上のいいのが20以上は入っている。

全身ずぶ濡れになって納竿した。そして翌日は更に奥の秋田県境に近い女郎沢でまた同じ数を釣った。そして3日目が来たがさすがにもうここまでだった。朝目を覚ましても釣りをしたい気持ちはどこにもなかった。

あれから10年は過ぎただろう。もう口ばかり達者な老人になってしまった。動かないこと山の如しが今の私だ。

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