はじめに


昭和39年東京オリンピックの年に現在の場所に移転新築したのが、この水族館の歴史の始まりだったから、もうかれこれ43年目を迎えている。

日本には70館の水族館が営業しているが、施設の古さはたぶん、越前松島水族館が一番で、ここはその次ぐらいに位置していると思う。骨董品じゃないので古ければ良いというものではないが、ここまで来ると汽車窓式に並んだ水槽や、薄暗い通路がひと時代昔の水族館を知っている方にとっては、何かしら郷愁を呼ぶ懐かしさを感じるらしい。

入るとほっとするとか、魚がすぐ近くに見れるとか言われると、半ば居直って古い施設を何とか生かしながら頑張っている私には、嬉しい誉め言葉に聞こえる。

水族館は何処も同じだが建物そのものが売り物なので、古くなればそのまま寿命が近づいたことを意味し、決して誉められたことではない。即ち入館者が減り経営的には難しくなる。

ここもそうであった。平成9年にどん底を迎えて、入館者は9万人ほどに落ち、経営の限界と覚悟した覚えがある。

しかし面白いもので、そのどん底で神様は救いの手を差し伸べてくれた。ある日突然小さな生き物がサンゴ水槽の中に泳ぎだしたのである。

この小さなクラゲの赤ちゃんが9年後世界一の展示につながる「芽生え」であった。この9年間は無我夢中であったがクラゲでここをたち直せるというはっきりとした目標があったので実に面白かった。

毎年クラゲの展示を増やしていったら、8年後の平成17年には入館者が17万人を超えた。

この古ぼけた水族館を立て直すほどの大きな魅力を持った生き物「クラゲ」は美しい。見る人に感嘆の声を上げさせ魂を震わせる。泳ぐ形といい、色といい、模様といいこの地上にこれ以上に美しい生き物は居ないと思う。

忘れ去られた水族館に全国各地より「クラゲを見る」ために大勢の人が訪れるようになった。ありがたいことだ。

今、22種のクラゲが展示されているが、もっともっと多くのクラゲを見せたい。大きな水槽も入れたい、何か仕掛けもしたい、詳しい解説もしたい、やりたい事が一杯ある。今はまだまだ道半ばである。

今後も進化してゆくこの古い水族館を暖かく見守っていただきたい。

館長人情話

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