ミイラになる修行をしているんだ


今年は7月の末になったと言うのにまだ梅雨が明けない。雨ばかり続くと矢張り青い空が恋しくなる。

しかしこの時期だから晴れて青い空が見えれば、一気に暑さがやってくるだろう。其れも痛しかゆしで梅雨空もまた有り難いと言うべきだかも知れない。

73歳にもなったが年を取ると夏の暑さがえらく身に応えるのだ。若いときには炎天下に帽子もかぶらず自転車に乗って3km先の川に行ってはサクラマスや、ナマズを捕まえていたが暑さは平気だった。

思い出して少し語ってみることにする。月山から流れてくる今野川と笹川が合流するその場所は、田んぼに水を取り入れるために水門が作られて、上流は1kmほど長く続いた瀞場になっていた。

深さは2m~1.5mぐらいだったと思う。ここはまるで生簀かと思うぐらい多くの魚がいた。

海から遡上してくる60cmもあるサクラマスが最高の獲物で、10月になれば1mもあるようなサケが群れで泳いでいた。深く潜ると土手のゴロ穴には大きなナマズが隠れていて、手を肩まで突っ込むとナマズの頭をつかむことが出来た。

ナマズ

・穴に入るのが好きな「ナマズ」


他にも捕まえにくかったが立派な鯉がいっぱいいたし、食べる所が無いので相手にしなかったが鯉を細くしたようなニゴイも居た。ハイと呼んだウグイの大物も多かった。

ニゴイ

・鯉に似た「ニゴイ」=「似鯉」


潜りながら上流に向かい捕まえた獲物はヤナギの枝にさし通し、半日も魚取りをしても疲れはあまり感じないものだった。鰓から刺し通したナマズを10匹も、別の枝にはサクラマスや鯉をぶら下げて帰ってくるのが日課だった。

70歳も過ぎた今になってはもう駄目だ。暑いなーと思うだけで体は動かなくなる。冬の寒さも嫌だし本当に年は取りたくないものだ。

もう20年も前になるが50になったばかりのころだった。髪も黒くふさふさして体力もあったあの時期だったが、今よりももっと体の調子が悪く、いやに肩が凝り熟睡も出来ず何かちょっと多く食べれば腹を壊し、夏の暑さが妙に苦しく耐えられなくなって胃の中の物を皆吐きだしたりした。

この分では60歳まで生きられないなー、と本当に思っていた頃が有る。

今振り返ればここの経営が最も苦しかった時期と重なる。いつ倒産してもおかしくない経営が続いたせいで、ストレスがたまったのが原因だったのだろう。

あまりの具合悪さに医者に行ってみても原因が分からず、其れを食べ物のせいにして、好き嫌いではなく体に合わないと思うものを次々に食べぬようにしていった。

その結果行きついたのは、肉も食べずに揚げ物にも一切手を出さない、油いためも駄目、脂の浮いたお汁は唇を突っ込んで下の方だけ吸い込むようにする、更に加えて乳製品も食べないので、大好きだったヨーグルトやチーズさえ食べなくなった。

私が特に弱かったかも知れないが、強いストレスに襲われればどんな人でもどこかおかしくなると思う。出来ればそんな思いはしたくないから程ほどの生き方をしたいものだ。

食べ物を注意していると、体に合っていると感じたのは納豆や漬物、豆やかぼちゃの煮物に野菜や果物はみなOKだった。それに加えて海藻と少しの魚を食べていたのでまるでイナゴかキリギリスになったような気分だった。

精進料理

・これが今私の食べている動物食を除いた料理である。


こんな食事をするようになったらいつの間にか笑顔が増えて気持ちが穏やかになったような気がする。周りの人ともみな気心が通じるようになって仕事がスムースに運ぶようになった。

今でも食に関する欲は一切ない。今度の休みにどこか旨いものを食べに行こうかなどと思う事はまずない。納豆ごはんに民田茄子の「醤油(しょうゆ)実漬(みづけ)」が有れば何より食が進む。私には粗食こそもっとも望むところだ。

酒やたばこもやらず賭け事もせず栄養のあるものはみな駄目だったから、これではまるで「ミイラになる修行」をしている様なものだと自嘲している。あれからもう20年以上もたったが今なお体型は変わらず修行を続けている。

館長人情話

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