50年前は大人が50円だった


ついこの間沖縄の「美ら海水族館」に行ってきた。こちらを出たのは2月の25日だったが、気温はマイナスでものすごい吹雪と冷え込みの中だった。

3時間の飛行の末に沖縄に降り立ってみたら、夏のような強い日差しが照っていて気温は23度、暖かいを越して厚着した体は燃えるような暑さに参ってしまった。

気温の差を覚悟はしていたがこれほど大きいとは、やはり経験して見ないと到底分からない。

翌日は予定通りに美ら海水族館に行った。職員に温かく迎えられて楽屋裏から案内された。これは同じ水族館屋同士としては表よりも裏が気になるもので、其れを配慮しての案内であった。

美ら海2

・バックヤード(裏側)を案内してもらう。


いきなり覗いた巨大なプールでジンベエザメに出会う事になったが、実は行くまでに想像していたのはもう少し規模も、感動も小さいものと思っていた。

7500トンの水槽を、新加茂水族館の径5mたった30トンのクラゲ水槽で負かしてやりたいものだと思っていた。しかし実物を見て唯々あきれて立ち尽くす他無かった。さすがに美ら海水族館のジンベエザメ水槽はすごかった。

美ら海3

・ジンベエザメを見上げ、立ち尽くす私。


あれを負かすことは到底できっこないと悟った。が、しかしこっちは同じ土俵で比べてはいけない異質な水族館ではないか。別の角度から見たら違う評価が出来るのではないか。

向こうは国策で作った巨大な施設だ。こっちは地方の小さな市が背一杯の努力でやろうとしている小さな施設だ。しかしこれまでにない全く新しいスタイルを持った水族館をこの世に誕生させようとしているのだ。

美ら海1

・美ら海水族館でもクラゲを飼育している。


この辺の心意気はまあ評価されても良いのではないかと思う。美ら海水族館の内田前館長は古い友達でもあるし気のいい魅力ある男である。向こうは誰しも認めるトップを走る超一流どころ。こっちは1周遅れのビリランナーだがゴールするときは一緒だ。どうだ参ったかわはははははー。

沖縄から帰って5日ぶりに出勤してみた。外では急ピッチで新水族館建設工事が進んでいる。まだコンクリートは打っていない。基礎の鉄筋が林立してちょっとした竹林のような眺めになっている。これが年末には水族館として殆ど出来上がっているのだから、早いものである。

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・現在の新水族館建設現場の様子


そしてこの4月18日が、昭和39年にオープンしてから数えて「50回目の開館記念日」に当たる。1年後の50周年は閉館中だし兎に角今年は50年だから、大きな節目に当たるので何か面白いイベントでもやろうと思いついた。

9名いる飼育担当に「何か考えろ」と丸投げしたら結構面白いアイデアが出てきた。こんな時には固いものはまずやめた方が良い、聞いた時に思わずクスリと笑えるようならそれは誠に「賞賛に値する良いアイデア」だ。

いろいろ出された中で私が笑えたのは「開館当時の入館料金で入館させたら?」というしろものだった。

記憶の薄れた頭で考えているうちに、開館した当時大人の入館料金が50円だったことを思い出した。中華そば1パイが50円だったからこの小さな水族館の評価はその辺が相場だったことになる。

50年近い月日が流れたのに思い出せたのは、それだけ印象に残る思い出が有ったからだ。今は無いがあのころ入るとすぐ左の壁に沿って、ちょっとしたコンクリートの池が有った。

床から70cm程縁が立ち上がっていたから、見る人は少し前かがみになって覗くような姿勢になる。この覗く姿勢が思い出させてくれたきっかけだった。

この水槽は底面ろ過になっていて底砂の上に錦鯉や90cm程もある雷魚が泳いでいた。これを見るために覗き込むと何が起こるか・・・ポケットから小銭が滑り落ちるのである。そして底砂の中に消えてしまう。

この水槽の掃除の度に砂の中から出てくる10円玉が楽しみであった。50円拾えば中華そばが食えたし、30円なら半中華が食えた。

これを思い出したので当時の入館料金が分かったと言う次第である。ちなみに学齢以下の子供は今は150円だが当時は無料であった。

4月18日を記念して、49年前の入館料金で入って頂こう・・・という計画が進んでいる。

館長人情話

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