ノーベル賞学者の下村脩先生のメール

東北の片隅にある小さな水族館のおやじが、ノーベル賞を受賞した大先生と時々メールのやり取りをしていると言ったって、聞いた人はにわかに信じがたい事だが、なぜかそれが本当にあるから世の中面白いと言える。

この冬は強い寒波が何度も日本列島を襲ったが、最後の寒波が吹き荒れている2月の18日13時ごろだった。仕事もせずにぼんやりと眺めていたパソコンの画面に突然Shimomuraという着信が届いた。あっと思い開いてみると、下村先生からの「豪雪のお見舞い」とあった。

【村上館長 様  豪雪のお見舞い申し上げます。今年は世界中で異常な天候が起きているようで、TVジャパンで何回も鶴岡の雪景色を見ました。今日のテレビによると日本海側にはまた降るそうで、いつまで続くのでしょうか。お宅は山の方に有るとのことで、大変でしょう。
こちらは異常暖冬で、20センチの雪が一度降っただけです。どうぞ風邪を引かないようにして頑張ってください。 下村 修】とあった。


何度かやり取りしている間に私が羽黒山の近くに住んでいることもご存じである様子が文面にある。

アメリカのボストンから近いところにお住まいになり、今なお発光生物の研究を続けておられるそうだが、やはり日本の事が気になると見え時々TVジャパンを見ては故郷に思いを馳せて居られるのであろう。そこに一度訪れたことのある鶴岡市の大雪の様子が何度か登場したようである。

そしてわが加茂水族館のことを心配になり、メールをしてくださったという事になる、

私は先生の親戚でも同級生でも教え子でもなくてただの他人である。確かに平成20年10月以来オワンクラゲが縁となって交流が始まり、一度このちっぽけな水族館にお出でいただいたという経緯は有るが、心配して頂くほど目立った存在でもない。

あれきりで忘れ去られても当たり前の所であるが、なぜ下村先生はこんなにもこの小さな水族館にやさしいのだろう。おそらくだがこの山形県にノーベル賞学者とこうしてメールのやり取りをしている人はそう居ないはずである。まして鶴岡市となるとまずいないと言っていいのではないか。

一度お出でいただいた時もそうであった。「何でこんなちっぽけな我が水族館にきてくれた物ですか?」とお聞きしたら「田舎が好きですから、興味が有りましたから」と返事が来た。

田舎が好きだからと言ってここを選ぶ理由にはちょっと弱い。他の何かが先生の心を動かして興味を持たせたことになる。それはよく分からない。しかし想像するに先生の生き方は「人の役に立ちたい」という思いに人生をささげた方である。オワンクラゲから取り出した「緑色蛍光タンパク質」も特許を取っていない。

世界中誰でも好きに使えたことで、医療水準が飛躍的に高まったと言われている。この生き様が私の所にも光となって射してきたのではないか。ここが貧乏で老朽化して、一番小さかったからこそ来てくれ、そして時々心配のメールもくれるのではないだろうか。

昨年の3月15日には大震災と、原発事故のお見舞いが届いている。4月5日には加茂水族館の入館者が激減したことへのお気使いがあった。7月26日には新水族館建設に及び、「もちろんオープンには参列させていただきたい」と有った。

現在確か82歳になられたはずであるが、あと2年半お元気でいて頂きたい。そして何としても新水族館のオープンにはお出でいただきたいと思う。

時々のメールにはここで働く者が皆多くの力を戴いた。“先生これからもお元気で”

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