狐に騙された


実に奇妙な出来事だった。昨日の帰宅途中で起きたことだが今なお何が起きたのかいくら考えても理解できない。こんなことを狐に騙されたというのだろう。

そもそも発端は、このところの路面凍結で朝夕の市内の渋滞ぶりはひどい事から始まった。今日の帰宅にはそれを避けて田圃道を通れば、混むこともなくスムースに短時間で我が家に帰れると思ったのである。ただ注意しなければならないのはこれだけひどい吹雪だと、主要な道路から外れた分除雪が後回しにされて、時々吹き溜まりに行く手を阻まれることがある。

途中は行き交う車も思ったより多かったし何事も起きかった。市内を通るよりも渋滞もなく吹き溜まりも出来ていなかったし、順調に走ってスーパー農道を右に曲がって、あと数百mで我が家にたどり着くはずであった。

しかしゆけども走れども、すぐそこにあるはずの見慣れた我が家は現れなかった。深い雪の中に杉の木に囲まれた見覚えのない農家が散在するだけであった。しばらくは何事が起きたのか分からなかったが、雪で交差点を見落としてしまい間違えて次の道路を曲がってしまったのだろうと考えた。

ならばここは市野山という集落のはず、この先は見当がつく。ちょっと間違えたがこれは雪だったから仕方がない、まあいいだろう・・・と思いつつ先に進めども思い描いた家並みは現れなかった。

突然こんなところにあるはずのない綺麗に除雪された幅の広い道が表れた。そこを右に曲がってみた。思った通りなら一つ先の道路からは幼稚園の窓明かりが見えるはずであった。向こうにそれらしい大きな建物がひっそりと建っていた。

しかしそこまで行くと違う家が立ち並んでいる。奇妙な事に行きかう車は1台もない。どこまで行っても自分の車だけだった。もう完全にあせっていた。消防ポンプの小屋が有ったが、これも見覚えがない。

半径5k~10kmの、このあたりのことは隅から隅まで知っていたつもりだった。狐につままれた気がした。

吹雪の中に突然信号機のある交差点が表れて、右に行けば鶴岡市、左に行けば藤島と出ていた。

しかし方向を失ったままではどちらに我が家があるのか見当もつかない。左に曲がってみたが、行けども行けども白い雪の壁と見知らぬ集落が続いている。人家を外れてしばらく走るとかなり大きな川を渡った。

こんなところに知らぬ川が流れている。橋を通り過ぎながら暗い川面を見下ろしたが矢張り見覚えはなかった。そしてまた集落に入って通り過ぎた頭上に道路標識が見えた。柳久瀬(やなくせ)と書いてあった。

これは知っている。中学の頃ここまで魚取りをしながら笹川を下って約2km、ここが最も遠い引き返し地点だった。やっと我に返って見回すとはるか前方に行き来するかなりの数の車のライトが見えた。アー助かったあそこを左に曲がれば我が家に帰れる。時計を見たらあれから20分が経過していた。

こんなに長い時間どこを走り回っていたのだろう、そう思ったら思い出した出来事が有った。私が小学校の2~3年生のころ近所の若い衆が、どこかで酒を飲んで折箱片手に帰宅する途中で狐に騙されて、幾ら歩いても家に着けず一晩中我が集落を歩き回っていたと話しが伝わってきた。雪の降る中を歩き回った足跡の周りには狐の足跡が付いていた。そして折箱は狐にとられて失っていた・・・とまあこんな話だった。

3軒隣の若い衆だったので、すぐに足跡を見に行ったおぼえがある。確かに大人の長靴の跡に獣の足跡が続いていたのを見た。65年も前の話だが同じキツネとは思えない。孫かひ孫かも知れないが、いまだに悪さをする狐がいると見える。

館長人情話

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